東京高等裁判所 昭和48年(ネ)1086号 判決 1974年3月28日
控訴人 信用商事株式会社
被控訴人 野沢二三男
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張並びに証拠関係は、控訴代理人において当審証人高野三次郎の証言を援用したほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これをここに引用する。
理由
当裁判所の認定・判断も、弁護士高野三次郎の代理受領権限につき次のとおり附加、敷衍して説明するほか、原判決理由説示と同一であるから、これをここに引用する。
成立について争いのない甲第一・二号証、乙第一号証の一・二と原審における証人高野三次郎、同国本明の各証言、控訴人代表者尋問の結果、当審証人高野三次郎の証言(以上のうち後記措信しない部分を除く。)を総合すれば、弁護士高野三次郎は原判示登記抹消請求事件につきいずれも同事件の被告であつた控訴人及び訴外黒田きみえから訴訟委任を受け、係争中の昭和四三年五月二一日被告ら訴訟代理人として原判示の裁判上の和解を成立させたこと、右和解は本件土地・建物(原判決別紙目録記載の土地・建物)を控訴人から被控訴人(同事件の原告)に代金四〇〇万円で売渡す旨の売買契約を内容とするものであるが、その和解条項には、右契約の履行として、被控訴人が同年一一月末日限り右代金四〇〇万円を支払い、それと引換えに、所有権移転登記に替えて、控訴人が本件土地・建物に対する昭和三六年三月九日受付所有権移転登記ほか六件の登記の抹消登記手続を、訴外黒田が同年同月二四日受付所有権移転仮登記の抹消登記手続をする旨、また、被控訴人が右代金の支払をしないときは通知・催告を要せず当然右売買契約を解除する旨約定されていること(ただし、右代金支払の場所、受取人については特別の約定がなかつた。)、右高野弁護士は和解成立後も控訴人らから成功報酬の支払を受けられず、控訴人代表者矢元照雄からは代金の支払があるまで報酬の支払を待つてほしい旨言われていたが、その間右和解条項による売買代金債権は控訴人から訴外黒田に譲渡され、同年八月一〇日被控訴人にその旨通知されたこと(この通知は控訴人代表者から被控訴人本人になされた。)、その後履行期限に近い同年一一月二一日、本件土地・建物につき大蔵省の差押登記があつて、間もなく高野弁護士から被控訴人の代理人国本明弁護士に対し、それを理由に前記和解条項による履行の延期を求める申出があつたが、その履行による前記解除権の発生をおそれた右国本弁護士は、被控訴人に金四〇〇万円の現金を準備させるとともに、高野弁護士に対して同月三〇日東京弁護士会で面会したい旨を連絡したうえ、同日被控訴人と一緒に同弁護士会に赴いたこと、高野弁護士も右の連絡によつて約束通り同弁護士会に行き、同所で国本弁護士と被控訴人に会つて右代金の履行の提供を受けたが、前同趣旨の理由を述べてその受領及びその引換えの履行に応じなかつたこと、その際高野弁護士は控訴人代表者や訴外黒田などを伴わず、予め保管していた右両名の抹消登記関係の書類を携行していたこと、その頃高野弁護士は、国本弁護士に頼まれて、右一一月三〇日に被告代理人高野三次郎に対し代金四〇〇万円の履行の提供があつたことを認める旨の国本弁護士宛「証」と題する書面(甲第二号証)を作成し、これを同弁護士に手渡したこと、以上の各事実を認めることができ、前掲高野証人、控訴人代表者の各供述中右の認定に反する部分は国本証人の供述と右甲第二号証の記載に照らして信用することができない。
ところで、
訴訟代理人が、その受任した訴訟事件につき債務名義に基づく強制執行をし、かつ、それによる弁済の受領権限があることは民訴法八一条一項の明定するところであり、右強制執行によらない任意の弁済についても同様受領の権限があるかは解釈上一応疑義の存するところであるが、一般的には、訴訟代理人がその訴訟代理権に基づいて本人のために裁判上、裁判外の和解をした場合は、特段の事情のない限り、和解条項に基づく任意の履行についても弁済受領の権限を委ねられているものと推定すべきである(なお、和解条項で弁済の場所、受取人として訴訟代理人が指定されている場合は当然のことである。)。これを本件についてみれば、高野弁護士の場合は、ましてや前認定のように、和解成立後も引換履行に必要な前記抹消登記関係の書類を手許に保管していたと認められるから、控訴人のために前記和解条項の売買代金を受領する権限とともに、引換給付履行の権限をもなお委ねられていたものと認めるのが相当である。
しかして、右売買代金債権は、その履行期前に控訴人から訴外黒田に譲渡されていたので、右黒田のために高野弁護士が弁済受領の権限を有していたか否かは更に検討を要するところであるけれども、前出原審における高野証人、控訴人代表者の各供述によれば、もともと右訴外黒田きみえは控訴人の金主であり、同訴外人からの融通金を控訴人が被控訴人に貸付け、その担保として被控訴人の所有であつた本件土地・建物につき控訴人名義の抵当権設定や所有権移転等の各登記をし、また、黒田もそれに所有権移転の仮登記をしたのが前記事件の紛争になつたもので、その解決方法としての前示売買代金四〇〇万円も控訴人が受取つたのち直ぐ黒田に手渡す手筈の金員だつたのであり、右債権譲渡はいわばその手間を省く形式にすぎないものであつたことが認められるから(この認定を動かすに足りる証拠はない。)、前示認定のように、高野弁護士は本来右黒田のための訴訟代理人でもあり、同人のためにも裁判上の和解をして事件の解決をし、その引換給付の履行に必要な同人の抹消登記関係書類も一括して保管していた事実関係や、昭和四三年一一月三〇日の履行日及びその前後の同弁護士の行動等からして、同弁護士は訴外黒田のためにも債権譲渡後の売買代金受領の権限を委ねられていたと認めるのが相当である。この認定に反し、和解成立によつて事件の委任関係は終了し、代金受領の権限はなかつた旨を述べる前掲高野証人、控訴人代表者の各供述は採用することができない。
よつて、原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから失当として棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 浅賀栄 小木曾競 深田源次)